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ATR鈴木専務のインタビュー第1弾 ~研究者からマネージャーとしての生き方・考え方~

福田
2020/04/16

みなさん、こんにちは。
シンラボ広報部の福田です。

未来技術推進協会のアドバイザーとしてご尽力頂いている株式会社国際電気通信基礎技術研究所(通称ATR)の代表取締役専務 経営統括部長・事業開発室長である【鈴木 博之(すずき ひろゆき)】さんにシンラボの広報部長である高橋さんと一緒にインタビューをさせて頂きました。一時間を超えるロングインタビューでイノベーションや事業開発、人材育成などについて熱い思いを語ってもらえましたので、全5回で記事にしていきます。

第1回目の今回は鈴木さんの生き方や考え方を皆さんに広く知ってもらうために、ATRに異動する前のNTT時代の研究者やマネージャー時代のことを中心に紹介していきます。ATRは知る人ぞ知る著名な民間の研究所です。理系で生きてきた私にとっては非常にありがたい機会でした。

NTTでの研究者生活からマネージャー、そしてATRでの経営者への道
理学部の大学院博士後期課程まで順調な研究生活を送っていく一方、博士号取得後の進路を考えたときに、大学における研究の世界の狭さを感じて、民間企業であるNTTへ入社しました。NTTでは研究所での基礎研究が中心で、途中でドイツに合計一年半の研究留学など、かなり自由な環境で仕事をしてきました。

基礎研究一辺倒の生活から事業化を意識するようになった一つの転機が、NTTで中間管理職としてマネージメントする立場になったときでした。後で詳しく述べますが、自らの研究成果を世の中に出す機会があり、色々と試行錯誤して仕事を進めていく中で世の中の評価が直接研究者にフィードバックされるということを体験しました。これまでの基礎研究だけでは実感できなかったが、基礎研究から事業化というサイクルを回していくのが実は基礎研究自体の質を上げるために非常に重要だと痛感しました。

その後、2007年にATRへ異動になり、NTT時代の直接研究する立場から研究所全体をマネージメントする立場になりました。現在は代表取締役専務として、ATR全体と子会社の経営および如何にイノベーションを世の中に出していくのかという業務を推進しています。また、3年前からJST/文部科学省のリサーチコンプレックス推進プログラム1のプロジェクトに採択されて、戦略ディレクター兼イノベーションハブ推進リーダーを兼任し、事業化推進を通じてATRおよびけいはんな学研都市の価値を上げる仕事に尽力してきました。

NTT時代の研究内容は?
大学院時代は、いわゆる光物性の研究をしていて、ある特定の物質にレーザー光を照射したときの発光メカニズムを解析してたんですね。NTTに就職してからも、有機材料の励起状態の緩和過程のメカニズムを解明することを通じ、色々な材料の特性とメカニズムを連携させる材料設計をし、ある一定の機能を出すということをやっていました。その成果として、英文の原著論文と国際会議プロシーディングス2で合計300くらいは報告してきました。

NTT時代に事業化したデバイスは?~環境ガスセンシング用の赤外レーザー光源~
当時はマネージメントに仕事内容がシフトしていました。ニオブ酸リチウムという強誘電体材料や半導体材料を用いて、当時のNTTで主流であった光通信用デバイスの技術を非通信分野に展開するという研究を行っていました。

具体的な例としては、ニオブ酸リチウムの疑似位相整合3を利用した波長変換デバイスです。例えば、ニオブ酸リチウムの分極を周期的に反転させて疑似位相整合という状況を作り出すことができます。この周期的な分極反転構造にレーザー光を照射すると非線形光学効果が発生し、ある条件下では差周波(入射する2つの光の周波数を引き算した周波数の光が発生する現象)の光を発生させることができます。この原理を使い、さらに導波路構造を導入すると、光通信で使われている1.55 μmと1.3 μm帯の近赤外半導体レーザを使って2~4 μmの波長域の赤外波長を発生させて環境ガスを検出できるようになります。この波長というのは、環境ガス(二酸化炭素やメタン)が一番吸収し、ppbオーダーでの微量検出できる光源として使えます。

この技術を用いた他分野への展開~走査型レーザー顕微鏡~
また、ニオブ酸リチウムの疑似位相整合の周期を別の条件で変化させると、和周波(入射する2つの光の周波数を足し算した周波数の光が発生する現象)の光を発生させることもできます。同様に、光通信で使われている1.55 μmと1.3 μmの近赤外半導体レーザによって、可視光を発生させることができます。この技術は、近年ノーベル賞を受賞した様々な吸収波長をもつ蛍光タンパク質を励起する光源にも使えます。具体的には、本技術を利用したオレンジ色の光源を開発して、走査型レーザー顕微鏡に展開してきました。最終的には、これらのデバイスを色々なメーカーと組んで製品化することで数億円位の売り上げになりました。

 次世代の光ネットワークに向けた研究も!
他の研究例は、次世代光ネットワークに重要な技術になると期待されている光電子融合のデバイスです。現在でもそうですが、電子デバイスの集積度が高くなってくると、放熱が困難になり、熱の問題が顕在化してきます。また、電子機器の中でさえも電気だけで多くの信号を送ろうとすると、光通信で送られる信号量の飛躍的な増加に対応しきれないという問題がありました。それらの課題を解決するために、電子機器内部の情報伝達の全てを光でやりましょうという話がありました。例えば、光回路を実現する要素技術である光信号をメモリ(=一時的に記録)する、光の信号を遅らせるというのは現実問題として実現はなかなか難しいです。光ファイバの長さを調整することで光を遅延させることはできますが、周囲の温度で光ファイバの長さが変わってしまい、実用化には大きな課題がありました。そのため、当時我々が研究していたのは、光と電子を融合したハイブリッド化、光信号を一旦電気信号に変えてまた光に戻す仕組み、つまりシリアルパラレス変換やパラレルシリアルデバイスおよびサブシステム用のデバイスの設計・作製でした。

学生の指導を通じて感じた若手育成の極意!
NTT時代は、多くの期間を基礎研究中心でやっていて、その成果をまとめて論文ばかり書いてきました。一方で、研究者個人としてはそれが面白くても、なかなか社会へのインパクトがないことも感じていました。また、自分のチームの若い研究者にも世の中のインパクトを経験させてあげたいと思っていました。

若手の育成という観点で一つよく覚えているのは、NTTに研究生として来ていた学生とのやりとりでした。その学生は研究者で生涯生きていくという感じのタイプではなく、大学院修了後に民間企業でエンジニアとして生きていくのが当たり前と考えている一般的な大学院生でした。その彼が一生懸命に研究を進めてくれて、非常にうまくいった実験があったんですね。その成果をまとめた論文を投稿したら、物理系の最高峰論文誌であるPhysical Review Lettersに採択されたんです。この論文誌は普通の研究者でもなかなか採択されず、彼の研究成果が世界的に見ても高いレベルであることを示しています。そのときの彼と私の間には下記のようなやりとりがありました。

学生:「鳥肌立ちましたよ、鈴木さん。」
私:「すごく君は良い経験をしたんだよ。自分の研究が成果につながったときに、鳥肌が立つという経験ができたことが、その後の人生にも役に立つと思うよ。」
学生:「こんな経験をさせてもらって、ありがとうございます。」

このような経験から若い人に自分の研究や仕事を通じて鳥肌がたつ経験をさせてあげたいと思うようになりました。そのためには、たとえ基礎研究であっても社会からの反応を直に聞いていくようなこと、論文を書くだけでなく、世の中に発信していくのを私も含めて若い人にも経験してもらうことを強く意識するようになりました。

― NTT研究所の若手が世の中から評価されるのはどうやって分かるのか?
私が所属していたNTTの研究所では、NTTエレクトロニクスや NTTアドバンステクノロジという事業化を担当する子会社があります。NTTの主力製品である光通信用デバイスは、そのデバイスのことをずっと担当していた研究者が人技一体で数年間出向して事業化までを自分でやり遂げるというやり方が多いです。ただ、それは光通信に関係する事業だけなんですよ。ところが、我々がやってきた非通信系のテーマでは、そういう事業化の仕組みができていなかったのです。つまり、非通信系デバイスの研究者は子会社で自分の技術を実用化する可能性はほぼなかったといってよい状況でしたその結果、先ほどの学生のように事業化を通じて鳥肌が立つような経験をすることができないんです。これは人財育成の観点でも大きなマイナスだと!

私の場合は恵まれていて、NTT研究所の当時の上司がNTTエレクトロニクスに異動し、私が研究所側の代表として一緒になって新しい事業部を立ち上げていくことができました。そのスキームの中で顧客開拓から製品提供まで行ってきました。その過程で、民生品4や一般的な業務用製品5と光通信用の最大の違いは信頼性に対する考え方だということも実感しました。光通信用デバイスは365日、24時間、10年間動いて当たり前なんですが、民生用はそうじゃないのです。ずっと動作させることはあり得ませんし、10年間も使えなくても十分な用途は山のようにあるんです。その信頼性のミスマッチを解決する必要があることを自らの経験を通じて理解してきました。これらを通じて、サンプル品として提供するなど通常の事業スキームと違うプロセスを0から皆で作り上げるという経験をしてきました。いわゆる本流でない仕事を一から作り上げることは、非常に大変な一面がある一方、担当者が飛躍的に成長できる良い機会であると思いますし、私自身も考え方の幅が広がったと実感しています。

おわりに
まだまだインタビューは続いていますが、第1回はここで終了です。ここまで、鈴木さんの話を伺って、NTTの若手時代は多くの研究者がそうであるように論文に書けるテーマを追い求めてきた印象があります。ただ、中間管理職としてニオブ酸リチウムの波長変換デバイスを実用化する頃になって、徐々に世の中に技術を展開していくという仕事を通じて、徐々にではあるでしょうが最近まで進められていたJSTのリサーチコンプレックスにつながっていくと感じました。また、実体験の中での学生とのやり取りは非常に聞き手の興味を引きました。この記事の読者の中にも似たような経験をしている人もいるかと思いますので、本記事によってそういった人が自分の仕事の幅を広げる一つのきっかけになれば幸いです。

鈴木さんのインタビュー記事は全5回の予定であり、第2弾は経営者としてATRに赴任した後の仕事内容とそれに関連する組織運営や人材育成の極意について掲載させて頂きます。

全5回に渡って公開していますATR鈴木専務インタビューシリーズ一覧は下記になります。是非、ご覧ください。

第1弾:研究者からマネージャーとしての生き方・考え方
第2弾:経営者への転身と研究者ならではの経営スタイル
第3弾:研究成果の事業化を目指した奮闘の日々
第4弾:ATRを舞台に研究成果を世の中に出す取り組みと未来技術推進協会とのつながり
第5弾:未来を担う若者への期待とアドバイス

ご紹介

株式会社国際電気通信基礎技術研究所

研究内容
・脳情報科学
・ライフ・サポートロボット
・無線・通信
・生命科学

所在地
京都府相楽郡精華町光台二丁目2番地2(けいはんな学研都市)

参考情報

  1. JST/文部科学省のリサーチコンプレックス推進プログラム:世界に誇るイノベーションの創出を目指し、地域に集積する様々なプレーヤーが共同で最先端の研究開発、成果の事業化、人材育成を統合的に展開し、複合的推進基盤の構築という仕組み。
  1. 国際会議プロシーディングス:国際会議で発表するときの発表内容に対応する会議録で発表の採否はこのプロシーディングの内容を審査して決まる。
  2. 疑似位相整合:Armstrongらが提案したアイデアで、強誘電体の分極方向(=非線形感受率の符号)を周期的に反転させて疑似的に位相整合を達成する技術。入射する光のコヒーレンス長の2倍を分極反転周期にすると、各点から発生する非線形分極波が互いに打ち消すことなく足し合わされ、高出力な光を発生させることができる。
  3. 民生品:一般消費者が使用する製品。
  4. 業務用製品:業務などで使用する製品。ここでは、走査型レーザー顕微鏡や環境ガスセンサーなど光通信用に用いない製品のことを示す。
この記事を書いた人
福田
エディター