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ATR 鈴木専務のインタビュー第3弾 ~研究成果の事業化を目指した奮闘の日々~

福田
2020/04/26

みなさん、こんにちは。
シンラボ広報部 福田です。

未来技術推進協会のアドバイザーとしてご尽力頂いている株式会社国際電気通信基礎技術研究所(通称ATR)の代表取締役専務 経営統括部長・事業開発室長である【鈴木 博之(すずき ひろゆき)】さんにシンラボ広報部長の高橋さんと一緒にインタビューさせて頂きました。一時間を超えるロングインタビューでイノベーションや事業開発、人材育成などについて熱い思いを語ってもらえましたので、今回は第3弾となります。

第3弾は鈴木さんがATRに異動し、研究成果を世に出すことに注力した様々な取り組みを紹介させて頂きます。研究成果の事業化はどこの企業でも力を入れて取り組んでいるが、現実問題としてなかなかうまくいっていないことが多いのが現実です。その中で、ATRが直面した課題に対して正面から戦いを挑んだ経験が言葉の端々から伝わり、そこで育まれた経営センスがATRの事業を生み出す機関としての高い評価につながっているのだと再認識しました。

― ATRの成り立ち
最初にATRが設立された経緯を説明しましょう。話は大分遡って、日本電信電話公社(現在のNTT)が民営化したときの株を大蔵省(現在の財務省)が全部持ってました。その配当を使って何か良いことをしようと検討をしたときに、電気通信(現在でいう情報通信)に関する公的な研究所を関西に作ろうという構想から始まってます。ただ、NTTも民営化してできた会社ですし、国の研究機関を新しく作るのは宜しくないという話になり、色々な方が知恵を使って株式会社として設立されたというのが経緯です。現在の株主は大企業の皆様がなっていただいて、総計で111社です。また、京都府、奈良県、大阪府も株主になっていただき、公的な性格を持ちながら民間会社としての動きやすさも備えた会社という特徴があります。

― ATRの特徴的な社員構成
ATRは一般的な民間企業とは異なる特徴がいくつかあるのですが、雇用形態が非常に特殊です。いわゆる正社員が約10%しかいませんし、研究者のほぼ全員が契約研究員で毎年のパフォーマンスで給料は違いますし、最悪契約を打ち切られるということもあります。

もう一つが、外国人の研究者が非常に多く、平均して1/4程度いるということですね。ATRが設立してから30数年になりますけど、合計で2700名以上、66か国の研究者を受け入れてきたのです。現在でも23%は外国籍の研究者であり、非常にグローバルかつオープンイノベーションが当たり前の会社ですね。一般企業のように新入社員が4月に入って、ほぼ退職までずっといるという環境ではないです。

また、給料が提案した研究プロポーザルの採否で決まります。研究プロポーザルを国などに提案し、大学や他の国立研究所など競り合って採択された場合には、外部資金をもらえますが、負けた場合には収入はないです。もちろん、研究者の給料もその外部資金の中から支払われるので、自分の給料を自分で稼がないといけないという非常に厳しい環境です。そのため、常に良い緊張感を持って仕事をしてきており、おかげさまではなんとか今まで30数年存続してきているのです。

― ATRのコア研究分野と事業開発への展開
ATRが力を入れている研究分野は徐々に変遷してきましたが、現在は脳情報科学(ブレインテック)、生活支援ロボット、無線通信(5G)、生命科学です。

この4つのコア分野の基礎研究を発展させていくことと並行して、5~6年前から研究所の成果を世の中に展開していくことに力を入れてきました。つまり、事業開発(Business Development)と研究開発(Research and Development)をATRの両輪として、世の中に貢献していこうと。そのためには、我々単独ではできることが限られてくるので、その部分を補うために外部機関との連携を進めています。

― 世の中に必要とされるBusiness Development1体制の構築
Business Developmentの方は特に私も力を入れてきまして、色々な子会社や企業と一緒に長くやってきました。2015年の2月に、けいはんなATRファンドという我々の知財を使う、あるいは今後使うという新しい会社や既存のスタートアップに出資をするファンドを47億円集めました。この仕事は私の新しい経験であり、いろいろな企業や銀行などに打診をして、何とか総額で47億円集めました。また、集めた資金を活用して投資する手伝いや今のリサーチコンプレックスのように我々の技術を世の中に出すことに注力してきました。

先ほども言いましたけども、基礎研究が世の中にどういうインパクトを与えるのかっていうことを研究者にも実感してもらう仕組みをかなり強化して作ってきました。ATRの研究員全員がこのような事業化に興味を持ってるってとは正直言えないですけど(笑)、お陰様で研究所の所長2人が自ら会社を設立するなどの成果につながっています。それから、随分前に投資した会社が一昨年上場するという具体的な投資の成果も出てきました。ようやく、Business DevelopmentとResearch and Developmentが両輪になって、互いに良い循環に繋がってきたと実感しています。

― 会社の存在価値、それはなくなったら困る存在になること!
私の言葉で簡単に言うと、ATRは“なくなったら困る会社になろうということ”をモットーとしています。ただ、最初に考えたときに“ATRがなくなって誰が困るかな?”と思っても、社員以外誰も困らないのが本当のところでした。これは経営上まずいと!

基礎研究の株式会社って経営が難しいと思いますよね。実際にすごく難しいですけど、世の中に研究成果を出す、とにかくインパクトを与える存在になろうとしています。それが、なんとなく最近できてきたかなと思っています。いずれにしても、そういった考えの原点はNTTの研究員時代の経験が活きています。

― 同じことが社員に対しても言える、いなくなったら困る存在になれ!
まだ、ATRの部下には言っていないんですけど、会社の看板がなくなったときに、自分がいなくなったら困ると周りの人に言われる存在になれと思っています。NTT時代には、“お前はNTTという大会社の看板を背負っているから、業者や他の企業の人も大事にしてくれるんだ”と部下には言っていました。NTTという看板がなかったら、それで大丈夫かと、そこを考えて行動しろ、勘違いするなと。

まあ、個人がいなくなると困る存在になる、そういうことが非常に重要で、そういう人になりなさいと。そういう人がたくさんいる組織って強いですよね。私もATRに異動して最初の2~3年でいなくなるつもりだったので、私がいなくなっても皆さん大丈夫なようにと言ったんですね。でも、ATRの仕事が楽しくなってずっと働いていますが(笑)。

― ATR社員の意識改革とそこからつながる個人の成長へ
私がATRに異動してきたときは、嘘のような話ですが箸の上げ下げまで私に聞いてきたんですよ。この会社、大丈夫かなって?これには二つの可能性があって、一つは能力に問題があること、もう一つは自分の意見を言ったら損をするから自分の意見を言わないようにしている可能性が考えられました。色々話をしてみると、ATRの皆さんは非常に優秀”なんですよ。つまり、社員たちが自分から動くような意識を変えられなかったマネジメントがベストでなかった訳です。逆にそこを上手く変えることができれば、みんなが自発的に意見を言ってくれ、実際に動くようになるとも思っていました。

そのためには、まず社員に私を信頼してもらう、うまくいったら損しないということを実感してもらうのが一番大変でした。色々な仕事を進めていくうちに、徐々にですが私も信頼してもらい、それからはずいぶん皆さんが自分で仕事をやるようになりました。そうなると、自分で考えながら仕事をする人は急速に育つんですよね。ここ数年、私自身はリサーチコンプレックスで外の仕事が多くなっていますけど、それでも会社が問題なく動くようなっているのが一番の成果ですね。

― 経営層と研究者の明確な役割分担
ATRでは研究者がかなりの権限を持っていまして、研究者の雇用やマネジメントは研究所長がやってます。我々経営層は一部の幹部社員のマネジメントをやってるだけです。ですから、研究は研究所長にかなり権限を与え、我々はできるだけ良い研究環境に整えてあげることに専念しています。

例えば、研究員の採用は年に一回ではなくて、国から外部資金が入ったときにいつでも新しい人を雇えるようにしています。雇用形態も日本の多くの民間企業が多様性がないのに対して、我々は研究技術員、研究員、サポートの役割を明確に分けて、タスクにあった人材を世界中から選んで雇用しています。

― 仕事内容にあわせた人材採用による強靭な組織を構成
このやり方は日本型大企業とは大きく異なります。大企業では、今いる人材をどう使うかと考えて、研究チームを作っていきますよね。ちょっと言い方が悪いですけど、昔の会社では一定以上の年齢の方が子会社に行く前に論文にはならないような仕事をやってもらったりしています。例えば、実装とか信頼性とかは論文にならない仕事であっても、非常に重要なんですけど、研究者が自分の成果として実感できる論文にはなりにくいのです。ですから、そういう今いる人材をどう配置するという考え方をすると、仕事とマッチングは必ずしも高くはないんです。

ATRでは外部資金に応じて研究員を雇いますので、そもそも余剰人員がいないんです。つまり、研究員を雇う前段階で仕事内容も決まっており、できるだけその仕事に見合った人材を雇うということなんです。このような仕組みなので、仕事と人材のミスマッチが日本的な大企業より少ないのがいいんじゃないですかね。

あとは、私も研究者なので私のような人間が経営すると、働いている研究者の気持ちが解る。逆に、解りすぎてしまうので“わがままを言うな”というときもありますが、出来るだけ環境は研究者の進めやすいように整えるのが一番の仕事ですね。

― 組織存続のための外部資金取得に向けた苦労
研究所によっては、途中でパフォーマンスが悪いと、自分で外部資金が取れなくなり、自分の給料すら出せなくなってしまう場合もあります。ATR全体では、科研費等も含めて100以上のプロジェクトが動いていますし、それらの予算を使って研究資金、人件費、経営資金を回して何とかやっています。

また、我々が外部資金として頂いている総務省/JST/文科省などの公的なプロジェクトについてですが、まずは省庁側が新しい政策的なテーマというのをどのように具体化していくかを考えているわけです。省庁側も新しい政策的なテーマを常に考えなくてます。そこで、我々は自分たちの考えていることが次の政策テーマを実現するのに一番いい方法だと、今のプロジェクトが動いてる間に仕込むんですね。最低でも予算化も含めると2年前ぐらいから仕込み始めて、うまくいけばその省庁で予算化し、公募があり、うまくいけば外部資金の取得につながるわけです。そういったプロセスを繰り返していくわけですが、省庁への弾込めというのは、もちろん私もやりますし、色々な人がタイミングを見つけて、説明して、これはいいねと言っていただくということの繰り返しですね。

昨年度まで進めていたリサーチコンプレックスのように研究成果を事業化していくという内容や我々の子会社とかジョイントベンチャーの事業化など、今いろんなパスがあります。そういったことを続けながら、社会的にATRがいなくなったら困る存在になるように取り組んでいます。

― おわりに
まだまだインタビューは続いていますが、第3弾の記事はここで終了です。ここまで、鈴木さんの話を伺って、ATRに異動した後の葛藤の中で経営者としての組織運営に奮闘してきた経験が大変興味深かったです。一般的な民間企業とは異なる特殊な組織形態の中で、どれだけなくなったら困る存在になれるかという点にこだわって、ATRの価値を高めてきたことを具体的な事例と共に勉強させて頂きました。

個人的には組織運営や人材育成に対する考え方や具体的な取り組みに感銘を受けました。この記事を読んでくれた人の考え方や仕事への取り組み方の参考になれば幸いです。

鈴木さんのインタビュー記事は全5回の予定であり、第4弾はATRが進めているアクセラレーションプログラムや未来技術推進協会との関係などの記事を掲載させて頂きます。

全5回に渡って公開していますATR鈴木専務インタビューシリーズ一覧は下記になります。是非、ご覧ください。

第1弾:研究者からマネージャーとしての生き方・考え方
第2弾:経営者への転身と研究者ならではの経営スタイル
第3弾:研究成果の事業化を目指した奮闘の日々
第4弾:ATRを舞台に研究成果を世の中に出す取り組みと未来技術推進協会とのつながり
第5弾:未来を担う若者への期待とアドバイス

ご紹介

株式会社国際電気通信基礎技術研究所

研究内容
・脳情報科学
・ライフ・サポートロボット
・無線・通信
・生命科学

所在地
京都府相楽郡精華町光台二丁目2番地2(けいはんな学研都市)

参考情報
1. Business Development: 広く知られている言葉で言うと新規事業開発に近い内容である。顧客や市場動向、自社技術などの様々な関係のなかで、価値(事業や製品)を創造することである。この記事は参考になります。

 

この記事を書いた人
福田
エディター