未来を創る、テックコミュニティー

ATR 鈴木専務のインタビュー第4弾 ~ATRを舞台に研究成果を世の中に出す取り組みと未来技術推進協会とのつながり~

福田
2020/04/29

みなさん、こんにちは。
シンラボ広報部 福田です。

未来技術推進協会のアドバイザーとしてご尽力頂いている株式会社国際電気通信基礎技術研究所(通称ATR)の代表取締役専務 経営統括部長・事業開発室長である【鈴木 博之(すずき ひろゆき)】さんにシンラボ広報の高橋部長と一緒にインタビューさせて頂きました。一時間を超えるロングインタビューでイノベーションや事業開発、人材育成などについて熱い思いを語ってもらえましたので、全5に分けて公開していきます。今回は4弾となります。

今回はATRが推進している“けいはんなATRファンド”で国内外のスタートアップと日本企業をマッチングさせる新規事業創出の取り組みを紹介していきます。手探り状態の中で独自のマッチング手法を構築していき、事業化という成果につなげていった取り組みは多くの人に参考になると思います。また、我々の未来技術推進協会との協業についても語って頂きました。

本記事の内容
・ATRのスタートアップと日本企業のマッチング事業における成功確率を高める取り組み
・未来技術推進協会と協業している理由と人材育成に関する考え方

また、今回の記事と合わせて過去のインタビュー記事も合わせてご覧下さい。

第1弾:研究者からマネージャーとしての生き方・考え方
第2弾:経営者への転身と研究者ならではの経営スタイル
第3弾:研究成果の事業化を目指した奮闘の日々

― ATRにおけるスタートアップへの出資の取り組み
第3弾の記事では、“けいはんなATRファンド”を通じた研究成果の事業化へつなげる取り組みを紹介しました。今回はその具現化に向けた内容です。

一般論としてスタートアップにはIPOとM&Aの2つの出口があり、研究者は自分の創り出した技術が世の中に使われることに喜びを感じます。そのため、自分の技術で製品が売れてお金が儲かるというのは大事ですが、事業会社の中で実用化されて世の中に使ってもらうことがすごく嬉しいなと思ったんです。

当然のことながら、研究成果を事業化するためには活動資金が必要であり、“けいはんなATRファンド”には多くの出資者がいます。金融系の出資者(リミテッド・パートナー:LP)に加えて、事業会社の出資者をたくさん集めたら事業会社内での製品化につながりやすいと考えたんです。技術の中身で異なりますが、金融系の出資者からは3年程度の短期間での事業化を求められることが多いので、基礎研究フェーズの技術とはどうしても時間軸が合わないケースが発生するんです。

いろいろ紆余曲折ありましたが、総計でATRを含めて出資13社/47億円を集められました。一番大きかったのは産業革新機構(現在のINCJ、後でリンク貼る)という経済産業省系の官民ファンドが、我々のことを評価して、多くの出資をして頂けたことでした。

― スタートアップへの投資判断基準
“けいはんなATRファンド”では、ATRはLP、日本ベンチャーキャピタル(後でリンク貼る)がジェネラル・パートナー(GP)という役割分担で事業運営してきました。そのため、企業から投資を受けるために、日本ベンチャーキャピタルの方と私が一緒に企業訪問をしました。また、研究実態を把握してもらうために、企業の方をATRに招待して現場を見ていただきました。

次に投資判断ですが、ATRの知財を使う、もしくは将来使う可能性があるという点であり、そこは我々が行います。その後は、我々の手を離れてGPの日本ベンチャーキャピタルが判断します。ATR側ではそこまでの目利きができないので、技術的なところは我々が判断して、それから後の事業化に関することは、その分野の専門家である日本ベンチャーキャピタルにお任せする体制にしています。

― 海外のスタートアップと日本企業のマッチングの極意
ATRが事業化支援を担当しているリサーチコンプレックス事業では、グローバルなスタートアップを日本に連れてきて日本企業とのマッチングを行っています。そのときにはスタートアップの業績評価も重要ですが、日本の企業との最低限のお作法も大事にしています。これは良いとか悪いではなくて、日本の企業とのマッチングというのを事業のゴールに置いているので当然のことだと思っています。このようなことは、紙ベースの資料では分からないことも多いですが、実際に会うとそれなりに理解できます。そのため、マッチング前には必ず現地に行って、面談をして日本に来てもらうスタートアップを選定しています。

マッチングで大事にしているもう1つの点は、その技術が事業を創出するために原理上は実現可能性な技術ではあるが、実証試験をする場合に課題があるかを判断しています。例えば、騒音で屋外ではその技術が使えないとか、測定対象者が動いてはいけない技術で作業中は使えない、などの課題は、実際に実証実験を行うことで顕在化する課題です。

これらの取り組みを通じて、ATRが技術を紹介する日本の企業も将来のパートナーとして実際に自分たちで判断できるようになります。どんなことにも共通しますが、パートナーと一緒に働いてみると良いとか悪いとかが判断できるようになります。その上で、お金という判断以外に新規事業を彼らとやってみるなり、あるいは買い取って内部化することを含めて一緒にやる経験はスタートアップと大企業の双方にとって非常に重要だと考えています。

この点はリサーチコンプレックス事業がJST/文部科学省から「他のマッチングプログラムと比較して一捻りしている」と高く評価されています。丸投げに近いやり方をするアクセラレーションプログラムもありますが、我々は全部自分たちでプログラムを作り上げて、運営も全部自分たちでやっています。このような取り組みは非常に大変ですが、ノウハウも自分たちの中に蓄積され、今後の発展にもつながっていきます。

― スタートアップにとってATRと協業のメリット
スタートアップがATRと一緒に事業を創出していくことメリットは、我々のパッションが他のアクセラレーションプログラムと全然違うという点です。我々のアクセラレーションプログラムは“けいはんなグローバルアクセラレーションプログラムプラス(KGAP+)”ですが、参加したスタートアップからは「プログラム終了後もずっと付き合いたい」と言ってもらっていますし、KGAP+ファミリーとして交流が継続しています。私も海外に行くと過去に参加したスタートアップの人とは出来る限り再会してフォローアップしています。

例えば、私が携わったバルセロナのスタートアップは、ロボット関連の製品を扱っていますが、我々の連携先が主催するイベントで優勝していました。このスタートアップが昨年7月スタートの我々のKGAP+というアクセラレーションプログラム(後でリンクをはる)に参加したのですが、そのときは製品を開発中のフェーズでした。来日後、いくつかの日本企業とつなぎましたが、日本企業はロボットの技術レベルが高く、企業毎に全く要求条件が違い、そのスタートアップのCEOは大変苦労していました。そのため、当時は本人も自信を失っていました。ところが、先日訪問したら製品が完成していて、バルセロナの企業で実証実験を開始していました。そのときの彼は自身に溢れている感じで、顔つきも変わっていました。そこで、私が彼に「ロボットもすごくいいけど、顔つきがすごく自信が出てきた雰囲気になってそれが一番良いよ」と伝えたんです。本人も言っていましたけど、日本に行くのが早すぎたと(笑)。

― 技術の押売りでない共同作業によるスタートアップとの関係構築
スタートアップとの連携を進めるときに、我々は押し売りをせずに、まずは日本企業の課題をヒアリングします。実は面白いことに、日本企業に「御社で課題は何ですか?」と聞いても直ぐに回答が出てこないことがあります。その理由は、課題がありすぎるのか、それとも普段認識していないのか、などが想定されます。この経験を通じて、自分自身や所属企業の課題を言葉にして表すのは実は簡単ではないんだということを初めて実感しました。これはある意味で驚きだったんですけど、キーワードだけなら出してくれるので、最初の段階はこの方法で対応しました。

具体的には、企業側から課題のキーワードリストを入手して、我々が連携先に送ってデータベースと照合します。その結果抽出されたマッチング候補リストを我々や依頼企業で絞り込み、さらに現地でインタビューして数社を選定します。この取り組みは非常に大変で時間や費用もかかりますが、それでも訪日したスタートアップの全てが良い結果につながっていく訳ではないのが実情です。ただ、そういった地道な取り組みを省略するとスタートアップと大企業の連携はうまくいかないですね。

― 研究成果を効率的に事業化するための指針
イノベーションを起こすということに対して、研究はあくまで手段なんです。つまり、テクノロジーはあくまで手段であり、イノベーションの目的は人間を幸せにする、あるいは人生100年時代の人間をどうサポートしていくかなど、やっぱり人間中心であるべきだと思っています。イノベーションには必ずしもテクノロジーが必要ではなく、我々は自己否定から始めています。

イノベーションの実現には、必ずしも研究やテクノロジーは必要ないです。そのため、大学や研究機関のシーズが先にあって、「誰か手をあげて実用化しませんか?」という仕組みはうまくいかないケースが多いと考えています。本来の事業化プロセスは全く逆で、最初に社会/会社/個人の課題があり、それを解決するために何が必要ですかという観点から考えていく事が重要であると思います。テクノロジーの利点は、今まで解決することが困難であった課題に取り組むことできるようになる可能性を秘めているという点です。さらに、テクノロジーを活用すると、今までは頑張っても2倍しかパフォーマンスが上げられなかったことが、100倍に上がるかもしれないです。それこそ、シンギュラリティに関連するところで、気が付いたら世の中を飛躍的に変化させることができます。

ATRはテクノロジー企業ですが、新しい技術であればあるほど、その技術を実用化するときに研究者が絡まないと進みません。ただ、一般論として基礎的な研究者は、実用化よりも論文執筆の方に高い興味を持ちます。そうすると、自分の持っている時間の限られた時間しか事業化に使わなくなり、事業化が遅々として進まなくなります。その点が、ATRを含めて多くの革新的なテクノロジー創出をミッションとする組織が抱えている課題だと思っています。

未来技術推進協会は、社会課題の解決をミッションとしているので、人間あるいは社会のために貢献することが何かを考え、必要なときにテクノロジーを活用していますよね。さらに、何か新しいことを始めようと思っても、興味はあるけどちょっとうまくいかないと面倒くさいからパスしてしまう人を行動につなげることも重要です。つまり、パスせずにやる気にさせることも市場創出の一形態ですので、イノベーションに繋がりますし、未来技術推進協会の取り組みは同じ想いを持った仲間たちと一緒にやる気を向上させるのが良いですよね。

― Beyond Bordersの考え方による課題の突破
この質問は、なぜ私が未来技術推進協会のアドバイザーをやっているかという点に関係します。私が若い頃は企業の中でもかなりの自由度をもって研究をさせてもらいましたし、色々な研究会にも自由に参加できました。もちろん、自由を認められるのは相当する成果を出しているからだと自負していますが、お金もかなり自由に使わせてもらいました。このような経験の積み重ねが私の研究者としての成長にプラスになっているんです。残念ながら、今は多くの企業がそういう余裕がなくなり、なかなか社員に自由度を許容しなくなってきました。そのため、若い人が萎縮して、能力を発揮できなくなっていると私は思っています。

このような状況に対して、Beyond Bordersという言葉を使っていますが、組織の壁、性別の壁、そしてカルチャーの壁などをいかに超えて、グローバルに連携しながら個々人の能力を最大限に発揮する環境を形成していくのかが日本の将来にとって非常に重要だと考えています。

― 未来技術推進協会との協業
未来技術推進協会はまさにこれを体現している組織であり、若い人たちが自主的に集まって組織を超えて活動しています。このような取り組みは絶対大事だと思い、サポートしたいと考え、アドバイザーをやっています。また、未来技術推進協会とATRの具体的なジョイントプロジェクトも進んできています。ATRを含むけいはんな学研都市と未来技術推進協会をうまく結び付けるようにして、若い人が自分たちの能力を100%発揮できるようにするのが、私の年齢でいなくなったら困る存在になるアクティビティの一つです。

現在までに協会とは、3~4つのプロジェクトを共同で行いました。例えば、協会には、ATRのオープンハウスでもプロジェクトの展示をしてもらいました。このような協力関係においては、こちらが何かを与えるという上から目線ではなく、両者がギブアンドテイクする対等の関係であることが重要であり、それが長続きする関係であると考えています。先日も品川で開催され、私が審査員を務めたビジネス創造コンテストで未来技術推進協会の色覚補正アプリケーション「Colors」で矢部さんが第一三共賞(リンクを貼る)を取りましたし、そういう若い人が頑張っている姿を見るのがうれしいですよ。 

実はATRにもそういう動きがでてきており、建物の地下にコワーキングスペースを作りました。今では夜になるとけいはんなの色々な企業などの若い人たちがそこに集まって来るんですよ。ATRは24時間空いていますし、自由に使えるので企業の枠を超えた新しいプロジェクトも始まっています。今後は東西のこういった枠組みを結びつけるのも面白いと思っています。

― 未来技術推進協会のSDGsボードゲームとの出会い
未来技術推進協会がSDGsボードゲームをやっていることは知っていましたが、正直言って私はゲームをやらないタイプなんです。勝負事はあまり好きでないのですが、実際にやってみると非常に面白かったです。その時のATR側のメンバーは5~6人だったですが、みんなもすごくよく出来ていて面白かったという感想を言っていました。今回一緒にボードゲームをやったのは、派遣社員を含めた共通業務の人たちです。これは私の流儀ですが、役職は関係なく一緒に仕事をする仲間として参加してもらいました。

このような流儀に基づいて、仕事をしてもらうときは目的や意義などを必ず説明しています。それで本人が納得して仕事をやると、自分の頭の中で考えるようになり、次から自分で考える部分が増えていきます。そうすると、その人自身も仕事が面白くなるし、自分でやってる実感するので全然熱の入り方が違います。そういう人たちを一人一人地道に教育とは僕は言わないですけど、一緒にそういう説明をしていくことが極めて重要だと思うんです。

おわりに
まだまだインタビューは続いていますが、第4弾の記事はここで終了です。今回はATRが進めているアクセラレーションプログラムの実体験を通じた苦労と、その経験を通じてスタートアップと大企業のマッチング成功確率を上げる極意が良く理解できました。また、未来技術推進協会との関係も紹介しましたが、今後さらに両者の協業につながっていくことが期待されます。

鈴木さんのインタビュー記事は全5回の予定であり、次回で最後です。最後は若い人たちへのメッセージを掲載します。

全5回に渡って公開していますATR鈴木専務インタビューシリーズ一覧は下記になります。是非、ご覧ください。

第1弾:研究者からマネージャーとしての生き方・考え方
第2弾:経営者への転身と研究者ならではの経営スタイル
第3弾:研究成果の事業化を目指した奮闘の日々
第4弾:ATRを舞台に研究成果を世の中に出す取り組みと未来技術推進協会とのつながり
第5弾:未来を担う若者への期待とアドバイス

ご紹介

株式会社国際電気通信基礎技術研究所

研究内容
・脳情報科学
・ライフ・サポートロボット
・無線・通信
・生命科学

所在地
京都府相楽郡精華町光台二丁目2番地2(けいはんな学研都市)

この記事を書いた人
福田
エディター